昭和49年12月27日 田代サエコ五年祭における親先生の御教話
サエコさんがあのような痛ましい事故で亡くなられてもう五年、それをこうして兄弟、また小さい姪やら甥達までも、みんなこのお祭にあわせて頂いて、本当にあの、サエコさんの御霊様がお喜びだろうと、私が拝ませて頂くサエコさんはもうあなた方の誰よりもいきいきとして、もう大変にいきいきとして、喜びいっぱいの感じに頂いたんです。だから私はそれが、それは意味がどういう事やら分かりませんけれどもね。
昨日午後の私の奉仕の時に、久富先生のところの奥さんと、それから望さん達親子三人、親子四人連れで昨日御礼参拝して来ました。というのは、先日から下関にある御親戚の生まれてまだ半年ぐらいの赤ちゃんが、夕食です、すき焼きをしよって、その、休ませてあるところにすき焼きのたぎる音が(聞こえるんです)。それでもう顔から体から、だから医者はね、一週間しか命はもてない、それでもすぐ電話がかかってきたからすぐお願いにみえました。それがおかげで、まあ一ヶ月ぐらいでしょうかね、いうならおかげで助かって、しかも、顔の方は傷がほとんど無いようなおかげを頂いて、医者がもう、こげん薬は初めて、こげん効くとは思わんじゃったとばっかり医者は繰り返しておられるという事ですけれども、その、お父さんお母さんは、北野の方にお願い、神様にお願いしてもろうとったからおかげ頂いたのだろうから御礼に行ってくれという事だったらしいです。同時に昨日は、望さんがちょうど去年の昨日、失明しましたね。もう目が悪くなっていよいよ見えなくなったのが一年前の昨日だった。それが一年後の今日です、昨日はね、おかげで開眼のおかげを頂いて23日からは復職の頂いたという二つの御礼のお参りがあったんですよ。なら、例えば久富先生のとこの例をとると、まあ兄弟、私達人間的にいうなら一番できの良い素晴らしいと思うておった(継吉?)さんという、二番目ですかね、が、しかも神様のお許しを頂いて勤めた会社の帰りに事故に遭って亡くなられた。だからもう実際は分からない事ばっかりなんだよね。
2、3日前、私はあの、この頃若先生がある教会の大祭に行って御直会に頂いてきておる御本が、どっかあの、飯塚の近所の教会の、大変素晴らしい偉い、若手だけど、先生だそうだけれども、その方の奥さんと子供さんを亡くされた事が、ちょうど五年祭のお祭の偲び草に実際に雑誌になって出しておられるのを読ませて頂いたんだけれどもね、もう医者は助からないというのを途中から病院を逃げて帰るように帰ってきて、そして甘木の親教会に一心にお参りをする一生懸命の信心をさせてもらって不思議に助かった。そして子供まで恵まれた。ところがその子供さんが生まれられて半年ぐらいだったかね、甘木の御大祭にお参りしよる途中で、八木山峠に着いた途端に、風邪引きじゃったげなけどね、そのまま亡くなられた。御大祭に参りよる途中だった。それから今度は、その一年前におかげを頂いて全快しておかげを頂いて子供までもうけたというその奥さんが、またあれもお参りか何か?、あれもお参りの帰りに、親教会の参拝の帰りに亡くなられた。もうどんなに考えてもね、私達は分からないです。ところがそれからのあとのごひれいが素晴らしい。分からない、私はサエコさん達のことでも、この継吉さんのことでも分からない。そりゃまた、そうだこうだと分かるほどしの神様ならば大した神様じゃないと思うね。分からないほど、どういう事か分からない。けれどもそこの受け方がね、受け方を、いうならば、本当にこがしこ信心しよってにといったような受け方ではなくて、そこをあの、何て言うかね、いうならば、まあいろいろな受け方があるでしょう。大難を小難でというか、または自分達のどこにお粗末ご無礼というか、またはこういう難儀な思いをしなければならない家のめぐりでもあったろうかという風な、いろいろな頂き方があろうけれども、とにかくそこを、これはまだ自分達の信心が足りんからじゃと一段と信心を進めていけばです、そこからおかげが受けられるという事だけは絶対なんです。
これはんなら私の事実を言うたが一番いいです。あれほど信心するのにどうしてあんなに貧乏せんならんだろうか、あれほど信心するのに兄弟三人続いて死んで、葬式を送らんならん様な事がどうして起こるだろうか。それは人は随分言うたでしょうけれども、私はこれほど信心するのにどうしてそげな事が起こったじゃろうかという事は本当にさらさら思わなかった。やっぱり泣きながらでもすがったのはやっぱり神様であった。そして、一生懸命すがらせて頂いておったら、なら、合楽でこうして人がたくさん助かるほどしの事にまでなってきた。これはね、例えば、今私は父が亡くなってから葬式の時にも(絶対?)今日は午後から私共の父の十日祭なんです。( ? )昨日光昭が今日の相談にいった事がもう難しい事を言われるわけなんだよね。いわゆる形式の事を言われるわけなんです。だから私は形式もなからなければね、人間がだらしなくなるよ。もう心では(合うどけば?)良かがちゅうごたる風になってきたら。やはり、なら、現在の仏教なんかはもう、いわば本当の形式教と言われておるような形式なんだけれどもね、ところが金光様のご信心の場合は、その形式にどうでも心が伴わなければお祭りがお祭にならない。私なんか、なら皆さんが例えばなら思いが、心が無かって形式だけに例えばするかね。けれども私がそれでは許されん。やっぱりこのお祭を頂くからにはちゃっと朝からお風呂を沸かさしてお風呂入って、体清めて、こりゃ私がこうしなければおられない。そしてなら御霊様だ、これはあなた方では分からないけれども、私が通わなければです、例えば今日私が拝むサエコさんの、いうならば姿というものは、もうあなた達兄弟従兄弟達のだれよりも、もうそれこそいきいきとしてね、してみるとこれは早死にしとった方が良かっちゃなかろうかと思うくらいにいきいきしとった。だからそれも実際分からん。長生きするのがおかげやらね、早死にするのがおかげやら一切分からない。分からないけれども人生そういう様々な中にあってです、その、いうならばお道で言うところの真の信心、だから真の信心とは人間の道と言われる。例えば、牛やら馬にどんなに素晴らしい事の道理を説いて聞かせても分かるはずはない。人間はその事の道理を、いうなら天地の道理なら天地の道理を言うて聞かせれば分かる。しかもそれを、私は、あの、頂いていく事が人間の本当の道であって、人間の面はしとるけれども牛やら馬やら分からんような生き方をしては人間が幸せになれないと思うね。いうならば、そういう例えば生き方を、まあ求めに求めて、より本当な事、だから、これが本当だという事は言えない、実際は。けれどもいよいよより本当な事を分からせてもらい、そしてそれを体験の上で現して、そこにはっきりと神様を拝み、または、御霊様を拝んでいくわけなんだけれどもね、だから金光教の信心はどこまでも形式と、いうならば心が伴うていかなければならない。そこにまだ生きた宗教の、まあ、良いものが残っておるというような感じがするけれども、それとても今の金光教では、いうなら形式教に、もう脱しようとしておる向きがあるという事は、どこの御広前でもです、目くらが目が開いたとかチンバが立ったというおかげが全然現れなくなっておるという事。
例えばなら久富先生のところの私わざわざ例をとったんだけれども、医者は一週間しかその赤ちゃんがもてないと言うとったのが助かって、今朝まで癒えていきよる。一年前に目くらになったのが一年後にはおかげで開眼のおかげを頂いて、もう復職のおかげを頂くようなおかげをいただいておる。初めて望さんが、目の開眼のおかげを頂いて分からせて頂いた事はです、それ前に、何年前だったろうか、腎臓でしたか、十年前、十年前に医者が難しいといったような病気が助かっておった、その時の事を今ありありと思い出させて頂いて、やっぱりあの医者のおかげであった、薬のおかげであったという風に思うておったけれども、十年後に初めて自分の目が開いてみて、あの時に実は命を頂いておったんだという事を、これはもう体験だから理屈じゃないよね。十年前のあん事も神様のおかげで助けられておったんだという事が分かったというような意味の事を言ってますけれども、どうでも一つお互いがね、おかげを頂いて、特にこの、石井、田代家の上にはもう合楽に御神縁を頂いてもう様々な事があったです。けれどもその様々な事がです、すべて生きてくるようなおかげを頂いてもらわにゃならない。例えば今日のお祭でも、皆さんがたくさんな時間とたくさんなお金とを使うてこのお祭を奉仕される事になった。だからこれがただ、ただね、なら形式だけでもうこれでよかった、御霊様もこれで喜んでござるじゃろうで終わったんじゃ、私がすまんと思うです。やっぱりそれだけの事はあったというおかげを受けてもらいたいと思う事は切です。為にはなら皆さんがね、やはりあの、一つ本気で信心を頂いてです、過去の様々な、いわば、悲しかった事苦しかった事は様々あるけれども、それがね、生きてくるようなおかげを頂いた時に、御霊様を、いうならば生かす、過去にあった難儀災難といったようなものをです、生かすことになる、あの事のおかげでという事になるのです。だから、そこにやっぱりおかげを受けなければ、その事を通して一段信心を進めていかなければ、ただ、あの、同じ同道周り的なところを通るだけにすぎないような感じがするです。それはあの実際は分からん事ばっかりなんだけれども、今、大隈教会ですかね、の、奥さんの( ? )教会に参拝の途中に亡くなられ、そして一年後には赤ちゃんが亡くなられて一年後にはその、肝心要の母親の若奥さんが亡くなられる。けれどもその受け方が素晴らしいところにです、いわば教会に御ひれいが輝いておるという、輝きだしたというね、そういうその、そこの分かるところだけの事実をです、私共は素直に頂いて、分からないところはたくさんあるけれども、それも少しずつ分かっていく、そしておかげを頂いたあかつきに分からせて頂くことは、なら、私の過去の体現、たくさんな忌まわしい問題、事柄といったような事が、あの事のおかげで、あの事のおかげでとみんなその事にお礼が言えれるような状態に現在あるという事なのですから、そういう一つおかげを生かしていく、例えばならサエコさんのお国替えというようなものを生かしていくような信心をね、式年式年に、こうしてみんなが仲良う集まってお祭を仕えるという事だけではなくて、ならこれからまた五年後に十年の式年が仕えられるだろう、その時にはその事に対して少しぐらいお礼の言えれるようなおかげを頂いていただきたいと思うこと切であります。
どうぞ皆さん、あのね、せっかく御神縁を頂いたのですから、神様のおかげでと言えれるようなおかげを一つ現して頂きたい。
どうぞ。